「ほめる」技術

 この鈴木氏の著書は、「ほめる技術」というタイトルになっているが、これは販売戦略のためで、本来は、ほめることを含む「アクノレッジメント」を紹介するものです。「アクノレッジメント」は英語のacknowledgementをそのまま日本語にしたもので、意味は「承認すること」です。「『私はあなたの存在をそこに認めている』ということを伝えるすべての行為、言葉が承認にあたります」と鈴木氏は定義しています。ほめること、贈り物をすること、貢献を言葉にして伝えること、他に、声をかける、挨拶するといった日常のやりとりも含まれます。
 この「アクノレッジメント」が企業やスポーツなどの「コーチング」という分野で注目されているわけですが、背景には、以前のような根性型指導(星飛雄馬の世界です)では部下がついてこない、ということがあるようです。で、代わりに、部下のいいところを見つけて「承認」を与えながらやる気を出してもらうということになります。「アクノレッジメント」の中には、任せる、選択肢を与える、理由を説明する、など、なるほどいいこと言っているな、と思わせることもテクニックとして紹介されています。
 ただ、読み進んでいくと、どこか、なんとなくひっかかりを感じるところがあります。それは何なのか?なぜ「アクノレッジメント」なのかという部分を読むとわかります。要約すると、人は協力関係を作ることで生き延びてきた、だから人の生存本能は自分が協力関係の中に入っているかどうかいつも不安を持っている。他人に認められているという感覚がその不安を消し、「安心感」が得られる。以下、引用します。
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安心したいのです、みんな。そして安心したいという究極の欲求を満たしてくれた人に対して、人は絶大な信頼を寄せます。その人のリクエストには応えてあげたい、そう思うのです。なぜならその人の期待に応えれば、あの安心感が手に入るかもしれないのですから。うずくような不安をその瞬間は味わうことなくすむわけですから。
***引用はここまで。
この中の「安心感」を「ボーナス、昇進などのごほうび」と言い換えるとどうなるでしょう。その人の期待に応えれば、「ボーナス、昇進などのごほうび」が手に入る・・・そうです。これは典型的な「外発的動機付け」です。一見すると本人のやる気を引き出して、部下が進んで仕事をするようにする、というのは部下の「内発的な」部分を大切にしているように見えますが、根っこのところが実は、人参をぶら下げて馬を走らせるのと同じなのです。
 そのことは、この本の裏表紙にある「どうすれば人は動くのか」という問いからもよくわかります。本文の中でカーネギーの『人を動かす』を名著として紹介しています。つまり、「どうすれば人は動くのか」は「どうやったら人を動かせるか」とほぼ同じ意味と考えられ、ここで人は動かす「もの」になるのです。「あなたの存在を認める」という考え方は、内発的動機付けの考えに通じるところがあります。ですが、内発的動機付けを大事にする観点からは人を「もの」とみる考えは出てこないはずです。
 外発的動機付けがいいとか悪いとかを問題にしているのではありません。また、この本で鈴木氏が紹介している会社や大学(またその指導者)が外発的に考えているとか言っているのでもありません。言いたいのは、「アクノレッジメント」が経営管理とか経営コンサルティングとかの文脈で使われると、どうしても「人を動かす」という話になってしまう、ということです。
 そもそも部下が動かないんだから、外発でも内発でもいいだろう、という意見もあると思います。そのとおりです。ただ、外発的に動機付けることの最大の問題は、いちど始めるとやめることができなくなるということです。鈴木氏も「エネルギーを供給し続ける」と表現しています。供給が終わると部下は仕事をしなくなるのです。だから、上司が変わると業績が上がったり下がったりという現象になります。本来の人材育成は、上司から指示されなくても(ほめられなくても)自分で課題を発見し、業績を上げ、仕事をすること自体に喜びを感じるような部下を育てることだと思いますが、無理な話でしょうか?

〈NJセレクト〉コーチングのプロが教える「ほめる」技術

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