デシ「人を伸ばす力」

この本は、「内発的動機付け」の研究の権威とでもいうべきデシが一般向けに研究成果をわかりやすく解説したものです。
「内発的動機付け」とは、監訳者の桜井氏によれば「自ら学ぶ・やる意欲」です。この反対が「外発的動機付け」で、報酬をえさにやりたくないことでもやらせることです。
デシは、内発的動機付けのみなもととして、「自立性への欲求」(自己決定したい)、「有能さへの欲求」(有能でありたい)、「関係性への欲求」(周囲の人と暖かい人間関係をもっていたい)を想定しています。この三つが有機的にリンクして内発的に動機付けられ、意欲的に生きていけるということです。
では、どうすれば、内発的動機付けを高めることができるのでしょうか?いちばん強調されているのが「相手の立場に立って、自立性を援助すること」です(桜井氏の「あとがき」より)。このへんを読むと、経営学での「アクナレッジメント」の考えととても近いことがわかります。「相手をよく見て、相手が日々どんなことを思っているのかを洞察して、どんな言葉を投げかけられたいのかを熟慮して、初めて『ほめ言葉』は発せられるべきものです」(「ほめる」技術より)と述べられているのをみればよくわかります。ただし、違うのはデシのいう「自立性」の部分です。つまり、相手の自立性を育てるように「アクナレッジメント」するのか、相手を手なずけようとして(自立性は考慮に入れないで)「アクナレッジメント」するのか、の違いです。この違いはとても微妙で、例えばほめ言葉を文として記述している限りはわからないでしょう。でも、受け止める側は、相手の態度や声のトーンなどで敏感に感じ取ってしまいます。
デシは、本書の中で「ほめことばは統制的にも非統制的にもなりうる」「ほめことばが統制の要素を含んでいなければ内発的動機付けを高める」(含んでいる場合はその逆)「人にもっと何かをさせようとしてほめていないだろうか?」と指摘しています。統制的というのは、相手を自分の思うように動かそうとするという意味でしょう。教育の場面でも「ほめる」というのは大事なことだとよく言われるようですが、ほめるときにも、「ほめたら、もっと勉強するようになるだろう」とか下心を持ってほめたのでは逆効果になりえることをデシは強調しています。ほめるときにはそういう下心は排して、純粋な気持ちで相手を応援するつもりでほめるべきでしょう。なお、企業で「アクナレッジメント」を実践している人がみんな相手を手なずけようとしているといいたいのではありません。本当に部下の自立性を育てるように「アクナレッジメント」している人も多くいると信じたいものです。
デシのこの本は、かなり読み応えのある本です。いろいろな心理学的な実験や観察の場面の事例をたくさん紹介していて、読み進めるほどになるほど〜と納得させられます。
デシは、人間の持つ可能性が限りなくプラスであるという信頼性を持っているようです。適切な援助があれば、自立的に有能さを感じながらかつ、周囲の人々への責任も自覚して生きられる、そういう人生こと充実したものになる、というメッセージが込められています。ただ、ざっくりいえば「純粋すぎる」このようなメッセージが、今の複雑で混乱した世の中でどれだけ実現できるのか、反論も出やすいと思います。現実には、長い間統制されて生きてきて根性のひん曲がってしまった子どもたちも多く存在します。「相手の立場に立って、自立性を援助すること」が成立しえない学校現場もあるとききます。ただ、ではもっと統制すればいいのか。答えは一つでないでしょう。デシのような人間の可能性を信じる議論がもっとあっていいと思います。

人を伸ばす力―内発と自律のすすめ

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