「雁(がん)」森鴎外

Jブンガクで紹介されていた2冊目の本。
高利貸し末造の妾になったお玉が時折家の前を通る大学生の岡田に恋心を抱くが、偶然の重なりから二人は結ばれずに終わる。
ストーリーはこれだけです。こんなふうに書いてしまうと身もふたもないですね。
でも、この話はいろんな角度から読めます。
まずは、お玉さんです。
「人を騙したりなんかしない代には、人に騙されもしない積なの」
父に楽をさせてあげたいと末造の妾になったお玉。でも、「堅気」だと信じていた末造が実は高利貸しだったことにある日気づく。そんなときに父に向って発した言葉です。父には心配をかけるわけにはいかない。お玉が大人の女性になっていく姿が描かれています。
そして、切ない恋の物語
お玉さんの岡田への恋心はどんどんエスカレートしていきます。そして、末造が遠出をする日、女中にも暇を出して、今日は絶対告白するぞ!という準備をしますが、行きも帰りも岡田は友人と一緒で声をかけられない。次の日、岡田はドイツへの留学の旅に立つ。岡田もお玉さんのこと、気になっていたはずです。でも、彼の方からも声をかけることなく旅立ってしまう。今の時代、ケータイのメールででも「ちょっと会えない」って誘えそうですが、でも、恋心はそんな単純じゃないですよね。昔も今も変わらぬ普遍的なテーマです。
最後に題名にもなっている「雁」。
岡田は友人から雁を石で捕まえようと誘われる。岡田は雁を逃がそうと石を投げるが、不幸にも石は一羽の雁に命中し、その雁を食べるために持ち帰ることになる。あの時、石が雁に当たらなければ物語は違った展開になっていたはず。鴎外が雁にこめたものはなんだったのか?Jブンガクではこの点には触れていませんが、近代日本という大きな時代の流れ、抗おうとしても流されてしまう大きな流れを象徴しているような気がしてなりません。陸軍のエリートとしての人生を送りながら、内面で抱えていた鴎外の葛藤のようなものがこの一冊にも表れているのでしょうか。

森鴎外の作品は、難しい言葉が多く使われていて読みづらいかもしれません。新潮文庫版は20ページにわたる「注解」を付けていて、当時の言葉、固有名詞などについて解説してくれているので、これを参照しながら読むと内容が理解しやすいです。

雁 (新潮文庫)

雁 (新潮文庫)